十勝川水系渋山川

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渋山川は十勝川水系の、火砕流性火山灰大地を流れる川である。

Google Earthで見ると、沢山の砂防ダムをひと目で見ることができる。最下流部の砂防ダム建設後、急激に川底が下がり始めた。工事が繰り返し行われているが、既に手に負えない深刻な状況になっている。

川底の砂利を失えばどうなるか、砂防ダムが川にどのような影響を与えるのか、川の変貌を学ぶことができる川だ。

砂利は川底が浸食されないように護る大事な役割を持っていることを教えてくれる川だ。

このわずか数年間、取材をする度に、川の姿は急激に変わり、工事が繰り返し行われ続けている。もう手が付けられない状況の中、それでも工事が続けられており、対策工事は泥沼化している。すでに莫大な税金がドブに捨てられてきたハズだ。公共事業評価委員会は冷静に現場を見て、税金のムダ使いをこれ以上させないようにビシバシとメスを入れてほしい。税金を浪費する犯罪行為のように思えてならない現場だ。

工事が行われる以前はどうだったのか? 平成15年(2003年)の写真を「株式会社伊豆倉組」のwebサイトで見ることができる。

http://www.izuarc.com/izuarchome/izukura/koji-h15shibusangawa.htm

 

最下流の砂防ダムより上流に古い砂防ダムがあった。昔の川底はこのレベルだった。2004年6月20日
最下流の砂防ダムより上流に古い砂防ダムがある。昔の川底はこのレベルだった。2004年6月20日
古い砂防ダムは最下流の砂防ダムのすぐ上流にある。2004年6月20日
古い砂防ダムは最下流の砂防ダムのすぐ上流にある。2004年6月20日
たくさんある砂防ダムのうち、最下流の砂防ダムの直下が深く浸食されたために現在の砂防ダムに改築された。2004年6月20日
見よ、これだけ川底が下がったのだ。ダム直下が深く浸食されたため、現在の砂防ダムに改築された。2004年6月20日
】砂防ダム直下。砂防ダムの建設で左岸を掘削している。また、左右の崖の上の樹林帯は、この位置が川底だ。7~8mは堀下がっている凄まじい場所だ。2004年6月20日
砂防ダム直下。ダムの建設で左岸を掘削した。元々の川底は、左右の崖上にある樹林帯の位置だ。何と7m以上は堀り下がっている。2004年6月20日
砂防ダム直下の右岸にはコンクリートブロックが積み上げられている。2004年6月20日
砂防ダム直下の右岸にはコンクリートブロックが積み上げられている。2004年6月20日
砂防ダムの下流には左岸の崖が浸食されないように基礎に消波ブロックを置き、その上に金網に石を積めた「布団カゴ」が積み上げられている。布団カゴの両脇にはコンクリートブロックを積み上げて固めている。しかし、そもそも、川底が下がるから、基礎の消波ブロックやコンクリートブロックは沈み込み、布団カゴもずり落ちる。おびただしい数のコンクリートブロックを置いても、川底の浸食を食い止めることはできていない。川底の砂利がいかに大事かがよくわかる。2004年6月20日
砂防ダムの下流には左岸が浸食されないように基礎に消波ブロックを置き、金網に石を積めた「布団カゴ」が積み上げられている。その布団カゴの両脇をコンクリートブロックで固めている。こんなに夥しい数のコンクリートブロックを置いても、川底の浸食は食い止められない。そもそも、川底が下がり続けているので、基礎の消波ブロックは沈み込んで布団カゴも全て崩れている。川底の砂利が、いかに大事かがよく解る。2004年6月20日
砂防ダム下流の布団カゴとおびただしい数のコンクリートブロック。川底が下がるから、グシャグシャに崩れている。これが、砂利の流下を止める砂防ダムの影響そのものなのである。科学者と言われる人たちは、上流から砂利を供給する視点は持たない。川を固める方向でしか考えないし、議論しようともしない。生物多様な自然環境を損なうばかりか、川底が下がれば地下水が抜かれ水不足が生じ、多くの水産資源を育む川の仕組みそのものを破壊するばかりである。こうした川を破壊するダムそのものも、それを補う場当たりの工事もすべて私たちの税金で行われている。2004年6月20日
砂防ダム下流の布団カゴと夥しい数のコンクリートブロック。川底は下がる一方だから、グシャグシャに崩れる。これが、砂利の流下を止める砂防ダムの影響そのものなのだ。科学者たちは、上流から砂利を供給する視点は持たない。川を固めることしか考えず、原因の究明議論もしない。河床低下で地下水が抜かれて水不足を起こし、生物多様な自然環境を失い、水産資源を育む川の仕組みを破壊するばかりである。こうした川の仕組みそのものを破壊するダムも、場当たりな工事も、全て私たちの税金が充てられる。2004年6月20日

 

ここに再び【③】2004年6月20日に撮影した砂防ダムの下流の様子。
2004年6月20日に撮影した砂防ダムの下流。
2005年4月21日には左岸が大きく削られ、川幅が大幅に広げられていた。
翌年、2005年4月21日には左岸が大きく削られ、川幅が大きく広がっていた。水位が下がっていることが分かる。
2007年4月22日には左右両岸とも、浸食されている。
2年後の2007年4月22日。両岸とも、浸食している。水位が下がった。
2013年10月20日には新たにコンクリートブロックが両岸に敷設され、川底は更に下がっていた。
2013年10月20日、新たにコンクリートブロックが両岸に敷設された。水位は下がり、川底は更に下がっていた。
10年後の姿だが、もうメチャクチャとしか表現のしようがない川の姿だ。川底が大幅に下がり、崩れるに任せるだけになっている。2014年5月17日
これが10年後の姿だ。もうメチャクチャとしか表現のしようがない川の姿だ。川底は大規模に下がり、崩れるに任せるだけだ。2014年05月17日
10年後の姿。火砕流性の火山灰の地質は非常に軟弱だが、砂利が川底を侵食させないように護っていた。一つ一つの砂利が安定した川にさせていたことは、奇跡的な仕組みだと痛感させられる。
10年後の姿。火砕流性の火山灰の地質は非常に軟弱だが、砂利が川底を侵食させないように護っていた。一つ一つの砂利が、川を安定させているということは、自然だけが創造できる奇跡的な仕組みなのだ。2014年05月17日

砂防ダムが砂利の流下を止めてしまっていることが原因なのに、ダムには一切、触れようとしない。ダムを壊すということは「間違って造ったもの」になってしまうから、絶対にダムの影響は認めない。下流側の対策のみに手をかけてきた管理者や科学者は、この川の「パンドラの蓋を開けてしまった」のだ。

2007年4月22日に撮影した。
左岸を削り、コンクリートブロックを充てている。2007年04月22日
2014年5月17日に撮影した。「⑨-1」と比較すると川幅を広げ、左右のコンクリートブロックを更に延伸して敷設している。繰り返し、莫大な税金が投入されている。2014年5月17日
川幅を広げ、更にコンクリートブロックを下流に延長した。繰り返し、莫大な税金が投入されている。2014年5月17日
10年後の姿。③の写真の水面の位置と比較すると水面が下がったことが分かる。川幅を広げると、河床低下を食い止める方法は失くなる。コンクリートの三面張りに固めるしかなくなる。それもダムから下流の末端に至るまで全域をコンクリートの水路に置き換えるしか術がない。なぜ、科学者たちは砂利を供給することを考えないのだろうか。2014年6月8日
水面が下がったことが分かる。川幅を広げると、河床低下を食い止める方法は困難になる。コンクリートの三面張りに固めるしかなくなる。下流域全体をコンクリートの水路に置き換えるしか術がない。2014年6月8日

 

2007年4月22日に撮影した。
左岸を削って、川幅を広げていた。2007年4月22日
10年後の姿。コンクリ-トは使い放題だ。こうした事業は北海道にある事業評価委員会が評価している筈なのだが。現場を見る限り事業評価委員会は全く機能していないと言わざるを得ない。それどころか、更に次の事業が計画されている。税金はドブに捨て続けられるようなものだ。③2014年5月17日
7年後、コンクリ-トで埋め尽くされていた。北海道には事業評価委員会があり、各事業を審議、評価している筈である。この状況にあっても更なる次の事業計画があるようだ。まさに税金をドブに捨て続ける事業だ。2014年05月17日

 

農地の脇を流れ、渋山川に注ぐ極小さな支流だが、本流の川底の低下に伴い、ここも砂利が流れ出して川底が極端に下がった。その結果、農地の縁が崩れ、補修が行われた。2004年6月20日
農地の脇を流れ、渋山川に注ぐ極小さな支流。本流の河床低下に伴い、砂利が流れ出して川底が極端に下がることになった。2007年04月22日
農地の脇を流れ、渋山川に注ぐ極小さな支流だが、本流の川底の低下に伴い、ここも砂利が流れ出して川底が極端に下がった。その結果、農地の縁が崩れ、補修が行われた。2004年6月20日
農地の縁が崩れたため、補修工事が行われた。ここもコンクリートの側溝に置き換えられた。2009年07月10日

 

農地の脇を流れ、渋山川に注ぐ極小さな支流だが、本流の河床低下に伴い、ここも砂利が流れ出して川底が極端に下がった。その結果、農地の縁が崩れ、補修が行われた。2004年6月20日
渋山川に注ぐ小さな川。川底が下がり、農地が崩れはじめた。土嚢が置かれている。2004年06月20日
農地の脇を流れ、渋山川に注ぐ極小さな支流だが、本流の川底の低下に伴い、ここも砂利が流れ出して川底が極端に下がった。その結果、農地の縁が崩れ、補修が行われた。2004年6月20日
その後も川底が下がり続け、農地が崩れる。手に負えなくなったのだろう。本格的に補修されていた。2009年07月10日

 

農地の脇を流れ、渋山川に注ぐ極小さな支流だが、本流の川底の低下に伴い、ここも砂利が流れ出して川底が極端に下がった。その結果、農地の縁が崩れ、補修が行われた。2004年6月20日
この小さな川のすぐ先は渋山川の本流だ。本流の川底が下がって小川も引きずられるように川底が下がり、まるで苔の洞門のような姿になった。2004年6月20日
の小さな川のすぐ先は本流だ。本流の川底が下がったために、急速に川底が下がり、まるで苔の洞門のような姿になっている。2004年6月20日
苔の洞門のような回廊を抜けると渋山川の本流へ出る。2004年6月20日
この小さな川のすぐ先は本流だ。本流の河床が下がったために、急速に川底が下がり、まるで苔の洞門のような姿になっている。2004年6月20日
この5年後には小さな川はさらに掘り下がっていた。見事に化した苔の洞門には驚く。2009年07月01日

 

凄まじい勢いで川底が下がり、落差が大きくなって、とうとう下に下りることはできなくなった。このすぐ先が渋山川の本流だから、本流がさらに下がったことが読み取れる。2014年05月07日
凄まじい勢いで川底が下がった落差は大きく、とうとうザイルなしに下りることは出来なくなった。このすぐ先が渋山川の本流だ。本流は更に下がったことが読み取れる。2014年05月07日
この小さな川のすぐ先は本流だ。本流の河床低下で、急速に川底が下がり、まるで苔の洞門のような姿になっている。2004年6月20日
小さな川の注ぐところ。渋山川本流との合流部。2006年09月24日
この小さな川のすぐ先は本流だ。本流の河床低下で急速に川底が下がり、まるで苔の洞門のような姿になっている。2004年6月20日
渋山川の川底はどんどん下がり続けている。それに伴い、この小川も川底が下がり続けている。本流の河床低下は、そこへ注ぐ川までも河床低下させてしまう。2009年07月01日

 

この小さな川のすぐ先は本流だ。本流の河床低下で急速に川底が下がり、まるで苔の洞門のような姿になっている。2004年6月20日
渋山川の下流にある橋脚を取材撮影している。その変貌を見ていただきたい。2004年6月20日
この小さな川のすぐ先は本流だ。本流の河床低下で急速に川底が下がり、まるで苔の洞門のような姿になっている。2004年6月20日
川底が下がらないように袋体床固工が敷き詰められている。河床低下を起こしていることは知っているわけだ。
2006年09月21日

下は別の角度から撮影した写真。

橋の上から下流を見る。2004年6月20日に撮影。

橋の上から下流を見る。2004年06月20日

2006年9月24日
川底が下がらないように、袋体床固工が敷き詰められている。2006年9月24日

 

小さな川との合流点。2007年4月22日
小さな川(梅田川)と渋山川の合流点。2007年4月22日

 

川底が下がるから岸が引き倒されるように崩れていく。2014年5月17日

川底が下がるから岸が引き込まれるように崩れていく。2014年5月17日

川底が浸食されないように護っていたコンクリートブロックもあえなく崩れてしまった。取材毎に、ぶら下がったブロックを見ると、この川の異常さが怖くなる。2014年5月17日
川底が浸食されないように護っていた右岸のコンクリートブロックもあえなく崩れてしまった。このブロックは川底にあったものだ。2014年5月17日
川底が浸食されないように護っていたコンクリートブロックもあえなく崩れてしまった。取材毎に、ぶら下がったブロックを見ると、この川の異常さが怖くなる。2014年5月17日
取材の度に、ぶら下がったブロックが増え、川底が果てしなく下がって行くのを見ていると、この川が怖くなってくる。河川管理の在り方も責任者の無責任さも恐ろしい。2014年5月17日

渋山川の今後も取材を続ける。北海道の河川管理の在り方の異常さがお分かりいただけただろうか。このような現場を異常と感じないで、今尚、工事が繰り返されている。税金の無駄遣いの最たる現場だ。検証する組織は、吃緊にメスを入れて欲しい。手をかければかけるほど工事の規模が拡大するばかりとなっている。これは、もはや意図的な目論見と言ってもおかしくない。このまま放置すれば莫大な税金がさらにさらに失われ続けることになる。