厚沢部川の河道拡幅は、川津波を彷彿とさせる。

出典:平成28年度・第3回公共事業評価専門委員会・議事録から抜粋

事業主体者・北海道渡島総合振興局函館建設管理部による「厚沢部川水系広域河川改修事業」総事業費・国費200億円(道費90億円)は、現在、次々に不具合が生じて、新たなる工事を追加しなければならなくなる「工事のための工事」が見て取れる。公共事業を再評価した専門家たちの追認作業によって事業費は、224億7千万円(道費101億1千1百万円)に膨らんだ。

 

北海道・平成28年度・公共事業再評価総括表
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上流からの水は本川にゆっくりと集まる。支流ごとに流れる水の時間差があるからだ。ところが、この厚沢部川改修工事は先ず上流域の各支流の川幅を拡幅したのである。その結果、短時間に大量に本川に一気に水が集まるようになった。本川の下流域では、水位が上昇して堤防から越流する危険性が高まったのである。そこで、河畔林を伐り払い、河原や川岸を掘削して下流域一帯の川幅を大規模に拡げることになった。拡幅された川の様相は一変し、恐ろしささえ感じる。厚沢部川の下流域の海抜は、ゼロに等しい。住宅が密集し水稲栽培が行われている。「川幅が大きく拡がったことで、川を遡ってくる津波は強大なものとなり甚大な被害を被るのではないか」と、住民の不安の声を聞く。

1993年7月12日、奥尻島付近を震源とする北海道南西沖地震で津波が発生し、日本海側の集落が大きな被害を受けた。また、7年前の東日本大震災では津波が川を上流へと遡り、海から遠く離れた上流で堤防から水が溢れ出し家屋を飲み込み、多くの犠牲者を出した。川を遡る「川津波の怖さ」は、2018年3月4日「NHKスペシャル・”川津波”~震災7年 知られざる脅威~」で取りあげられ、その危険性を明らかにしている。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586023/index.html

2012年10月4日に行われた説明会で、「こんなに川幅を広げて直線化したら、津波が一気に川を遡る。海域に近い厚沢部町市街地は、大丈夫なのか?」と質問すると、厚沢部町副町長は、机をドンと叩いて、「そんなことは、河川工事が終わってからの話で、今そんなことを言ってもらっては困る!」と烈火の如く激怒したのである。

伐採前の河畔林。鬱蒼とした河畔林は堤防を浸蝕されないように護る保護帯の重要な役割がある。撮影:2012年5月28日(基栄橋から上流、市街地方向を見る)
河畔林はすべて伐り払われた。更に、川岸を掘削して川幅を広げたことで、水流が堤防に直接当たるようになり、堤防が浸蝕されて決壊する危険性が増した。撮影:2017年11月15日(基栄橋から上流、市街地方向を見る)
厚沢部川の河道は大幅に拡幅された。海に近い市街地に、津波が一気に侵入し易くなった。拡幅工事によって、川津波の危険性が増したと言える。撮影:2018年3月27日(基栄橋から上流の市街地方向を見る)

こうした河道拡幅はインフラにも影響を与える。市街地に架かる松園橋も例外ではない。「松園橋上流一帯の河畔林を皆伐して川岸を掘削し、河道を拡幅すれば、松園橋が崩壊する危険がある。何れ補強しなければならなくなる」と指摘すると、副町長と地区長はガハハハッと笑って踏ん反り返ってこう言った。「そんなこと絶対あり得ないから、ほっといてくれ」

その後、松園橋の上流側の河畔林は皆伐された。そして、川岸を掘削して川幅を拡げるに従い、左岸の浸食が急速に進んだ。松園橋の左岸の高水敷にあった道路は崩壊して無くなり、その崩壊は橋台に迫っていったのである。

URL:http://protectingecology.org/information-2/assabugawa

川岸は河畔林に覆われており、堤防や松園橋の橋台は護られていた。撮影:2011年11月10日
川岸を覆っていた河畔林がすべて伐られ、川岸も削られた。増水時には左岸(右側)を水流が中るようになったので、松園橋の橋台周りが見る見るうちに浸蝕されてしまった。撮影:2014年4月24日
川岸はどんどん浸蝕される。急速に橋台付近まで浸蝕され始める。撮影:2013年3月30日
河畔林を皆伐し、川岸を掘削した後、松園橋の橋台付近がどんどん浸蝕され始めた。とうとう土のうで、橋台を護るまでになった。撮影:2015年4月28日
松園橋の橋台へ向かって浸蝕は続いた。撮影:2017年10月27日

そして、2018年3月22日の厚沢部川取材で目にしたのは、副町長たちが「あり得ない」と言っていた松園橋の左岸の取り付け部(橋台)を保護するための護岸工事が遂に行われていたことである。

松園橋の左岸の取り付け部を保護するための護岸工事。撮影:2018年3月22日
立派なコンクリート護岸が完成した。撮影:2018年3月27日

事業そのものが引き起こす被害が発生するようになり、それがまた、新たな工事を創出している。国費200億円を使い切って、尚も事業費を膨らませる。この河川改修の在り方は、次の工事を生み出すための布石に見えてくる。まるで打ち出の小槌だ。なるほど、だから副町長たちは、危険性の指摘に「津波の話は今するな」、「橋が壊れるわけがない、ほっといてくれ」と言ったのか。

厚沢部川の豊かな餌資源や河畔林をよりどころに野鳥が集う。オジロワシ、ヤマセミ、シマアオジたち……厚沢部川の尺アユ、水産業を支えるサケやサクラマス、風物詩ともいえるカーバイトの明かりで川面が光る夏の夜のカワヤツメ漁やモクズガニ獲り……故郷を愛しんできた住民の楽しみは、北海道が誇れる生き物たちと共に、厚沢部川から消えてしまった。

 

論説「強引な手法許されない」石木ダム 長崎新聞

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この現代において信じられないような話だが、長崎県佐世保市は、集落で「暮らし続けていたい」という人々の憲法で保障された基本的人権をも無視し、先祖代々から暮らす人たちの土地を強制に取りあげ、そこに石木ダムの建設を粛々と進めている。長崎新聞の論説を是非、ご覧下さい。

かつて、筑後川上流の下筌ダム建設に対し、蜂の巣城に籠もって反対運動をしていた室原知幸は「公共事業は 法に叶い 理に叶い 情に叶うものであれ」と人の心を顧みない無情な行政への戒めを残している。

詳しくは下記のWEBをご覧下さい。

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公共事業評価書次第で森と川を破壊する砂防事業。

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函館方面と江差・厚沢部を結ぶ国道227号線の橡木橋(とちのき橋)を流れる子熊の沢川。

国道227号線の橡木橋(とちのき橋)から見た子熊の沢川。

過去に大雨で、子熊の沢川沿いの林道(下写真の茶色波線)から泥水が流れて、橋の間口が閉塞し国道に砂利が飛び散る水害が発生した。

その後、旧河道(黄色波線)を埋めて直線化し、橋の間口を広げ、巨大な4号砂防えん堤が新設されたのである。

橋の間口を広げた。

この事業の根拠とされる平成19年度・国土交通省河川局砂防部保全課による個別公共事業評価書を添える。

国土交通省・平成19年度・個別公共事業の評価書・平成20年3月25日 省議決定

「便益の内訳及び主な根拠」とされる人家:一戸は、工事着手前に移転している。被災を受ける事業所:2施設とは、砂利置き場のことだろうか?重要公共施設:2施設とは、国道200mと橋を示しているのだろうか?何れも現場に見当たるものは無い。

川の周りに人家は一戸もない。しかし、貨幣換算した便益:Bの17億円は見直されることなく工事は着手されている。この川には、既設の砂防ダムが3基ある。その下流に、4号砂防えん堤が新設された。更に、既設の1号砂防ダムを取り壊して、新しいえん堤を建設している。その上、2号砂防ダムまで取り壊して新しいえん堤を新設するという事業だ。

費用便益分析の費用:Cの5.1億円で新設された2つのダムを上空から撮影した。

新設された巨大な4号砂防えん堤。
新設された4号砂防えん堤。下流側には国道橋までたくさんのコンクリート堰が階段状に敷設されている。堤体の上流側は、山の斜面を削ってまで川幅を広げている。
4号砂防えん堤の上流側は、こんなに小さな谷川だ。
新設された巨大な4号砂防えん堤に見合わない子熊の沢川。鬱蒼とした樹林に覆われて川筋が見えないほど小さな谷川だ。上流に白い帯が見えるのは、新設された1号砂防えん堤。
白い帯が見えるのが、既設の1号砂防ダムを取り壊し、両岸を広げて新設された1号砂防えん堤だ。

既設の1号砂防ダムを取り壊し、川幅を広げて大規模な1号砂防えん堤を新設。そのすぐ下流には新設の4号砂防えん堤がある。

取り壊す前の1号砂防ダム。スリット化するだけで十分だった。 撮影:2014年8月23日
造り変える必要性は見当たらない。    撮影:2014年8月23日
こんな小さな川を大規模に開削して、わざわざ川幅を広げた。撮影:2014年8月23日
これが、既存のダムを壊して川幅まで広げて(上3枚の写真)新設された1号砂防えん堤。
この新設された1号砂防えん堤の上流は小さな谷川だが、それも両岸を掘削して広げている。
新設の1号砂防えん堤の上流は、暗い森の中を流れるこんなにも小さな谷川なのだ。この森や川を壊してまで更に上流に、えん堤が造られていく。
子熊の沢上流は、鬱蒼とした樹林に覆われる小さな谷川だ。この中に、既設の2号砂防ダムと巨大な3号砂防ダムがある。今後、既設ダムを取り壊し、森や谷を削り川幅を広げて、新しく砂防えん堤を新設するというが、無駄どころか破壊行為である。

子熊の沢川の川幅は狭く、苔むした巨石が噛み合い、河床は安定している。流域は鬱蒼とした樹林で覆われ、土砂・流木が流れ出すような背景はどこにも見られない。被災を受ける人家すら存在しない。懸念される国道への土砂流出は、橡木橋(とちのき橋)の間口を広げただけで、既に解決している。そもそも過去の被災原因は、川ではなく林道から流れた土砂であり、見立て違いもいいところである。

国土交通省は即時、この砂防事業の根拠である平成19年の事業評価を見直すべきだ。公共事業評価委員会に、被害額の内訳の公表と、砂防えん堤新設費用と国道227号線の橡木橋(とちのき橋)の間口を広げる費用とを比較した便益の再検証を求めたい。

※北海道渡島総合振興局函館建設管理部治水課と国土交通省に、国土交通省・平成19年度・個別公共事業の評価書(平成20年3月25日省議決定)にある「直接的被害軽減便益」17億円の内訳と人家(一戸)・事業所(2施設)の所在を問い合わせている。回答があり次第、HP上で公表する。

 

須築川砂防ダムの段階的スリット検証①

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須築川砂防ダムのスリットについて、河川管理者の函館建設管理部は「一気に切り下げれば、堆砂が全部流れ出すから危険」という理由で、2017年3月にやっと着手されたスリットは、間口3m✕深さ3.5mを切り下げただけである。狭いスリットからは、小さな砂利ばかりが大量に流れ出している。段階的に切り下げるスリットで起こる川の変遷を記録するために、2017年9月13日に空撮での現地取材を行った。

ようやくスリット化が実現したが、間口は狭い。須築川砂防ダム。
段階的に切り下げるにしても、幅も深さも小さすぎるスリット。
須築川砂防ダムの間口3mのスリット。スリット間口6mでも流木は引っ掛かる事象がある。即ち、河川管理者は流木で塞がってしまうことを承知で、間口3mにした訳だ。メンテナンスには莫大な予算がかかる。
このダム堤体の長さで間口3mの狭いスリットでは、下流の河床低下を補う効果は薄い。増水時には、鉄砲水のように水が激しく噴き出して川を荒らす役割をすることになる。
ダム上流からスリット部を見る。こんな小さなスリット間口から、これだけの堆砂が都合よく流れ出すだろうか?
ダムの堆砂域では水が蛇行して流れるようになる。山の斜面を浸食する起因をダムが起こす。砂防ダムとは悪果を招くトラップのようなものだ。
ダムは砂利で一杯になると平に広がり、その上を水は蛇行するようになる。山斜面に流路が当たって浸食するようになり、新たな土砂・流木を発生させる。
ダムの堤体から直下を見る。スリット直下は小さな砂利だけ。
狭いスリットから流れ出す石は、小さな砂利ばかりだ。
須築川は急流河川であり、もともと巨石がゴロゴロとあった。狭いスリットでは、小さな砂利ばかりが大量に流れ出すばかりで、元の川底には戻らない。
パタゴニアスタッフに、流域の自然を考えるネットワーク代表:宮崎司が砂防ダムの影響について解説。

地元漁師は、「須築川に砂防ダムができてから、川底が掘られて川が荒れるようになり、サクラマスがいなくなった。早くダムを撤去して元に戻してくれ」と何年もの間、切実に訴えてきた。

須築川は、北海道が指定する禁漁河川(サクラマスの保護河川)である。サクラマスが大挙して産卵に遡上する。こうした再生産の場が資源の豊かさを支える。しかし、砂防ダムが建設されてからサクラマス資源は枯渇したのである。

ダムが出来る➡大きな石も砂利もダムで留まる➡ダム下流は砂利不足になる➡被覆を失った川底はどんどん下がる➡河床が掘られて川岸が崩れる➡河岸や山の斜面がズリ落ちる➡そこから大量の泥が川に流れ出るようになる➡その結果、川底には微細な砂が沈澱して川底の石の間を埋め尽くすことになる。これはサクラマスの卵にとっては致命的なことだ。河床に産み落とされたサクラマスの卵は、泥に埋もれて窒息してしまうからだ。水質は何ら問題の無い清流から資源が枯渇した理由が、ここにある。

この渓流河川に見合った大小様々な石が流れ出すようなスリットをしなければ、回復は見込めない。一刻も早く河床低下を止めて、河岸崩壊や山の斜面のずり落ちを食い止めなければならない。しかし、河川管理者の函館建設管理部は「堆砂の全量が流れ出すから危険」というばかりで、根拠のない言い訳ばかりで頑なに応じようとしない。こんな管理者が、川の回復を妨げ、再生産の仕組みを壊し、自然資源を枯渇させ、漁師を泣かせ、生態系を攪乱し、捕食動物から餌資源を奪い、私たちからも豊かな食卓を奪っている。

 

ほったらかし魚道。こうして魚はいなくなる。

その昔、サクラマスが真っ黒い塊になってウジャウジャと上がってきた美しい渓流河川、小鶉川。清らかな水を引いた水田に豊かに稲穂が揺れる。そんな風景が当たり前だった。今では、稲作農家はほぼ無くなり、大事に使われてきた頭首工から水を取ることは無いが、川だけは昔のままにサケが産卵し、深い源流域にはサクラマスも上る。しかし、それも失いつつある。

頭首工の下流で何の問題もなく産卵していたサケに、もっと上流へ上らせたいという人間のお節介が「魚道」を建設させることになり、川の仕組みを台無しにしたのである。魚道を造れば、必ず下流は河床低下を起こし、川底の石と湧水を失い、サケは産卵する場所を失う。昔から変わらない良好な川を壊さないで欲しいという願いは届かず、どこからか現れた魚の専門家といわれる妹尾優二氏の指導によって、魚道は建設されてしまった。川石も流木も堰き止めてしまう魚道は、機能することなく、たちまち管理が必要になる。5年前、「魚道の管理は誰がするのか」と質問した。集まった小鶉地区住民たちの前で、厚沢部町の担当職員は「魚道が完成した後は町の財産であるから、町も水利組合も大切に管理してゆく」と断言した。

大好きな小鶉川に、今年もサケの遡上を見に行った。魚道への管理道は笹草が生い茂り、相変わらず魚道は詰まったまま放置されていた。「サケを上らせるために魚道を造る」「造った後は、しっかり管理する」と言ったのは誰だったっけ…!?

魚道には水が流れていない。流木は、2年以上前から引っ掛かったままだ。何度も見に来ているが、魚道に溜まった石も流木もずっと放ったらかしだ。

小作「サケが上れないじゃん!」そうだよなぁ~。サケ可哀想だね。

サケの行く手を阻む魚道。下流の産卵場を失ったサケは、上流にも上れず、ウロウロと彷徨うばかりだった。

日本大学理工学部の安田陽一教授が考案した”砂利が溜まらないという台形断面型魚道”。しかし、現実は水も流れないし、砂利は溜まる一方だ。

「水が無ければ魚は上れない」は、常識。困った魚道だ。

頭首工のゲート板は、増水時と非灌漑期に倒す可動式。魚は、増水時に上流へ上る習性があるのだから、落差が小さなこの頭首工は遡上の妨げにはならない。節介な魚道を造った為に、魚はこのゲート板までも辿り着けなくなってしまった。

撮影:2006年10月4日。魚道が造られる前の下流。産卵に不可欠な石も湧水もある。
撮影:2017年10月27日。魚道が造られた後の下流。川底の石は無くなり露盤化。川底は、どんどん下がっている。

魚道が出来る前は、砂利がたくさんあって魚たちの産卵場になっていたのに…すっかり砂利が無くなってしまった川底は岩盤が露出し、魚から産卵場を奪ってしまった。良好な産卵場だったのに…勿体無い。絶妙なバランスで保たれていた自然の川の仕組みは、あっという間に壊れる。そして失うものは大きい。

砂利が無くなると流速は速まり、川岸の石も転がり出して一気に川は壊れてゆく。

魚道を速やかに撤去して、美しく豊かな小鶉川を取り戻したい。厚沢部町は、「魚道は財産」と言うよりも、「魚が棲む豊かな美しい川が財産」であることを自慢して欲しい。撤去がダメと言うなら改善から始める対策を!今なら、まだ間に合う。