「南富良野町の水害」その後…②

空知川上流のルオマンソラプチ川。上流で被災した南富良野町串内地区の町営育成牧場へ通じる橋は補修され、すぐ上に巨大な治山ダムが建設された。その更に上流にも2基の治山ダムが建設された。

手前が補修された串内育成牧場へ通じる橋。すぐ上に治山ダムが建設された。撮影:2018年5月14日
建設された治山ダム直下に、石積みの床固工が敷設されている(円内)。撮影:2018年5月14日

建設された治山ダム直下に、「石積み床固工」が敷設された。治山ダムは砂利を止める。そのため、その下流では川底の砂利が流されて川底が下がる。石積み床固工もダムと同じ作用があるので、より一層下流の川底を掘り下げることになる。そればかりか、石積み床固工は両岸をも浸食させることは、今や常識になり誰もが知る厄介な構造物である。治山ダムだけでも川を荒廃させるというのに…川底の浸蝕を促進させ両岸をも浸蝕させる石積み床固工を、一体誰が発案し、敷設させたのか?まさか専門家の発案とは思われない。しかも、その先には補修したばかりの橋がある。わざわざ橋を再被災させる為のあり得ない改修方法である。

建設された治山ダムと石積み床固工のすぐ下流には補修されたばかりの橋がある。橋の取り付け部の基礎が岩盤に固定されていない(赤丸)。基礎の砂利が抜かれて再被災する。撮影:2018年5月14日

補修された橋と道路の取り付け部は岩盤に固定されていない。新設したダムと床固工の影響で、河床は必ず下がる。橋と道路の取り付け部は砂利が抜かれて崩落するだろう。

橋のすぐ上に治山ダムを建設したことは大きな間違いである。いくつかの橋が流木で被災したことから、流木を止めるつもりで治山ダムを建設したのなら、大きな過ちだ。治山ダム+石積み床固工で、流木は止められない。むしろ河床低下を促進させて橋を流し、川岸を崩して新たに土砂・流木を生み出すばかりで、災害を拡大させるだけである。

想定を超える増水があっても、河畔の樹林の全部が流されるわけではない。流れてきた流木を捕捉する重要な役割を担っている。撮影:2918年5月15日
流木を捕捉している。撮影:2918年5月15日
河畔林は膨大な量の流木を捕捉しており、流木を捕捉する重要な役割を担っているのがよく分かる。撮影:2018年5月15日
多くの流木を捕捉している。撮影:2918年5月15日

河畔の樹林は、洪水に耐えられなかった立木が流れ下るが、一方では写真のように混み入った樹林が、多くの流木を捕捉する。樹林が捕捉した流木は、水衝部で樹林に張り付き、やがて自然の護岸にもなる。想定を超えた増水で新たな流路ができたが、流木の捕捉能力は維持されている。むやみに治山ダムを建設しないで、川の安定化を見守り、川の復元力に任せるべきだったのではないだろうか。川の仕組みを抑え込む強引なやり方は返って災いを大きくする。

串内の下流では、写真のように岩盤で囲まれた両岸の樹林が押し流された痕跡が落合地区まで至る所で見られた。串内から下流は両岸が岩盤で狭められた回廊のようになっている。増水時にはこの区間で水位が上昇して両岸を浸食し、樹林が流されたと思われる。下流の流木被害は串内で発生した流木ではなく、串内の下流で発生した流木と考えるのが理にかなっている。どのような検証が行われたのか、知りたいところだ。しっかりとした検証がされていれば、串内の治山ダムの建設は不要だっただろう。

右から流れているのがルオマンソラプチ川。串内牧場のずっと下流のトマム川(左手から流れている)との合流点。両岸は岩盤で流路が狭められている。撮影:2018年5月19日
落合の採石場付近のルオマンソラプチ川。両岸が岩盤で囲まれ、狭い回廊となっている。撮影:2018年5月19日

串内の治山ダムは5基建設する計画だが、現在、串内牧場へ続く橋のすぐ上の治山ダムの他1号床固工、2号床固工の合計3基が建設された。

1号床固工。撮影:2018年5月14日
2号床固工。撮影:2018年5月14日

串内の町営育成牧場は森林を皆伐した牧草地となっている。その為、降雨に対する保水能力は著しく低くなっていることは言うまでもない。2016年8月16~31日の総雨量は888㎜だ。それでも、川沿いには樹林が多く残されている。幾度かの洪水の洗礼の後、流木の発生は減り、やがては落ち着く筈だっただろう…しかし、新しい治山ダム建設と樹林を伐採し川幅を広げたことで、むしろ自然の理に反して、浸食を促進させることになったことを危惧する。今後、どのように変遷していくのか、取材を続ける。

 

 

「南富良野町の水害」その後…①

「伝えられない二つの真実。南富良野町幾寅の水害」:(2016年10月10日の当HP記載)甚大な水害から2年を経た。南富良野町幾寅の空知川では堤防が強化された。河畔林を皆伐し、川底の石は大小ともに取り除かれ、河道は大幅に広げられた。

空知川の破堤した堤防は補修された。残った河畔林はすべて伐り払われ、河床の砂利をさらって河道は大幅に広げられた。  撮影:2018年5月20日
川底の砂利をさらって、川幅が広げられた。撮影:2018年5月20日
川底の砂利をさらって川幅が広げられた。撮影:2018年5月20日
川底の砂利をさらって川幅が広げられた。撮影:2018年5月20日

この改修で、気がかりなことがある。確かに川幅を広げると効率よく水が集められ、下流へと送られる。しかし、その先に水を貯める金山ダム湖があり、今よりも一層速く貯水面が上昇するからだ。洪水時にダムは下流の水害防止のために貯水する。貯水面は確実に上昇し、市街地へと迫っていくことになる。北海道開発局では下記のような資料を公表している。

出典・北海道開発局・平成28年8月北海道大雨激甚災害を踏まえた今後の水防災対策のあり方(案)平成29年2月27日
堤防が強化された空知川。幾寅市街、そして金山ダム湖が見える。撮影:2018年5月20日。

図示されているように、金山ダムが洪水を貯め込めば貯め込むほど貯水面が上昇し、幾寅市街地へ迫っていくことが分かる。

水害当時の金山ダム湖の貯水と放流のグラフを見てほしい。

出典・北海道開発局・平成28年8月北海道大雨激甚災害を踏まえた今後の水防災対策のあり方(案)平成29年2月27日

平成29年2月27日に公表されたこのグラフから、8月31日の午前0時過ぎに流入量がピークに達し、貯水量は急激に増加していることが分かる。住民の話では、午前1時30分過ぎには濁水が市街地に流れ込み、押し寄せてきた洪水から逃げたと言う。つまり、午前1時30分にはすでに破堤していたことが伺える。しかし、開発局は破堤した時刻を午前4時40分としており、住民の声とのズレがある。洪水で水位が上昇していた空知川は、金山ダムの貯水面の上昇に伴って水位が一層押し上げられていたと言える。加えて、破堤した場所は右カーブした左岸で、元々そこにあった河畔林は2007年6月に皆伐している。ここから下流側の左岸にある河畔林に夥しい流木が押し寄せ、水位をせり上げたことは間違いない。こうした状況が競合して水位が急上昇し、堤防から溢水したといえる。上の読売新聞社が撮影した濁流写真は、破堤してから8時間後の写真だ。金山ダムの貯水面が、かなり下がってからの写真であることに留意していただきたい。

これに対し、北海道開発局札幌開発建設部は「平成28年度・平成28年台風大10号による南富良野町幾寅築堤の被災状況とその特性・6.被災メカニズム(下流決壊箇所)の(3)ダム貯水位の影響」で、「金山ダムの最高貯水位と幾寅市街地の地盤高の差は4~5m程度あり、かつ、空知川は急勾配であるため、金山ダムの貯水位は幾寅市街地までは及ばない」とし、「堤防の決壊を確認した直後に、大平橋下流で射流が発生していた」という理由で、射流の写真(8月31日AM5時ごろ撮影)を添えて、それを説明している。だが、金山ダム湖の最高貯水位(345m)は市街地に水が押し寄せた8月31日1:30のデータではなく、何故か水が引いた後、約20時間後の21:00のデータを使っている。その上、金山ダム湖の水位データが、遠く離れた流入部のデータと同じであるはずもなく、おかしなデータなのである。

出典:右の文献の一部を拡大したもの・平成28年度・平成28年台風大10号による南富良野町幾寅築堤の被災状況とその特性・6.被災メカニズム(下流決壊箇所)の(3)ダム貯水位の影響北海道開発局札幌開発建設部
出典:平成28年度・平成28年台風大10号による南富良野町幾寅築堤の被災状況とその特性・6.被災メカニズム(下流決壊箇所)の(3)ダム貯水位の影響北海道開発局札幌開発建設部

午前1時30分、金山ダムは下流の洪水被害を防止するために貯め込めるだけ洪水を貯め込んでいた時間だ。洪水調節のための放流は、金山ダムへの流入量がピークを超えた午前5時40分から始めたという。実際は、破堤時刻の午前1時30分には貯め込んでいた金山ダムの貯水面は上昇の一途にあり、幾寅市街地へ迫っていた筈だ。また、「射流」があったという説明も辻褄が合わない。実際に破堤した時刻から約5時間も経過し、貯水面の水位が既に下がっている午前5時頃の確認となっているのである。市街地の冠水や破堤時に貯水面が影響していないという説明に整合性がない。

もう一つ、腑に落ちないことがある。北海道開発局は冠水した幾寅市街地をドローン映像で公表しているが、金山ダムの貯水面が写っている映像・写真は一切ない。金山ダムの貯水面と幾寅市街地が冠水した関連性に関わる映像は、公開できないということだろうか。下流域の水害防止を目的に放流を我慢した。そのためにダムの貯水面の水位が上昇。破堤を誘引し、幾寅市街を水没させ、甚大な被害を発生させたことは拭えない。今後、このような水害を起こさないために、隠すことなく正確な検証が必要である。

 

 

岩知志ダムの直下で大規模な崖崩れが起きている。

日高地方、沙流川の上流にある岩知志ダムは、堆砂率全国ワースト5位にランクインされた土砂で埋まったダムである。国土交通省のHPには読み取り不明瞭なグラフと公表年度が不明で公開されている。

URL:http://www.mlit.go.jp/river/dam/main/dam/ref16/ref-p3.html

その岩知志ダムで、ダム堤体の直下、左岸の岩盤が道路もろともに大規模に崩壊した。ダムによって川底が掘り下がっているところに2016年8月31日の豪雨が起因したと思われる。以下に、崩壊前と後の写真をスライドで比較している。また、崩壊前の道路が写ったGoogle Earthの衛星写真に、崩壊した範囲を図示。その規模が分かる。

岩知志ダム直下、左岸の岩盤が道路もろともに崩壊している。撮影:2018年5月21日
崩れ落ちた道路は、より内側の草地に新設された。崩落下流の直下には国道237号線の橋が架かっている。撮影:2018年5月21日
撮影:2018年7月4日
ダム真上にあった道路は、ちぎれるように崩落。電柱も電波塔も崩れ落ちた。撮影:2018年7月4日
道路と共に崩落した電柱が斜面に横たわる。撮影:2017年8月4日
岩盤面は無数の亀裂がみられ、水が浸透している。何れ崩落面は剥離するだろう。撮影:2017年8月7日

崩壊した岩盤には無数の亀裂が見られ、水が浸透している。やがては剥がれ落ち、更に崩落は進むだろう。

岩知志ダム上流は、土砂で溜まり深いV字谷は埋まっている。左側の支流から流れ込む砂利が水面から出て見えるのは、堤体まで土砂で埋まっている証である。岩知志ダムが止めている膨大な土砂はさらに上流へ、上流へと今もなお溜め込み続けている。この状態で、岩知志ダムが崩壊すれば、膨大な土砂は一気に下流へと放出されてしまうだろう。

撮影:2018年7月4日
撮影:2018年7月4日
撮影:2018年7月4日

危険はないのか…?北海道電力広報部に聞いた。「影響は無い。崩壊地については河川管理者が見守っている」との回答だ。その河川管理者である室蘭開発建設部に問い合わせているが、今だ返事はない。

取材中、崩壊した道路を利用していた住民が「どうなるんだろうねぇ…」と不安を語っていた。ダム下流で暮らす人たちは、この予測できる危険な事実を知っているのだろうか。

 

治山ダムが生んだ日勝峠の崩壊とペケレベツ川の荒廃

2018年4月~5月に開通した国道274号線で日勝峠を越えた。

山腹の崩壊が見られる。
崩壊した国道は補修されていたが、こうした谷は橋梁構造に出来ないのだろうか。

降った雨は山の斜面を流れる。山の斜面には起伏があり雨水は谷に集まる。この雨水の通り道に建設された国道は、川のようになった水が法面を浸蝕させ、道路もろとも崩落。谷を埋めて道路にした区間では、排水管が塞がり水が溢れ出して崩壊…。こうした場面はこれまでも何度も見てきた。雨水対策の甘さを感じる。谷は大きく跨ぐ「橋梁構造」にする対策を選択しないのは何故なのか? 管理者である同じ開発局には、山を削らず、谷を塞がず、橋で大きく跨ぐ構造にしている事例がある。それが下の写真にある知床半島のウトロから浦臼を繋ぐ国道334号線である。

知床半島の付け根、知床峠を経由してウトロと羅臼を繋ぐ国道334号線では道路が崩壊するのを避けるように山を削らず、谷を埋めず、橋梁構造にしている。こうすれば日勝峠の道路崩壊は免れただろう。撮影:2018年7月1日

峠の清水町側で目にしたのは、ペケレベツ川の荒廃だった。川の両岸が崩れ、川幅は広がっていた。川の荒廃の始まりは国道274号線からも始まっていた。十勝川水系ペケレベツ川(清水町)は、2016年8月30~31日の台風10号の豪雨で土砂・流木が市街地に押し寄せる災害が発生。家屋が流され、橋の取り付け部が流されて車が転落する犠牲者が出た。

今回、この国道の崩壊箇所と、甚大な災害があったペケレベツ川の荒廃地点が重なることについて考えてみたい。

国道274号線直下を覗き込むと、ペケレベツ川の崩壊の始まりが見られる。
両岸の崩壊が見られるペケレベツ川。

両岸が崩壊して川幅が広がったペケレベツ川には新たな砂防ダムが2基、建設されていた。

両岸が崩壊し川幅が広がった。そこに砂防ダムが2基、建設された。

このずっと下流には底が抜けた1号砂防ダムがある。すでに底が抜けているので、その直下に堤長200m規模の砂防ダムを新たに建設中である。

底抜け下1号砂防ダムと新設された堤長200m規模の砂防ダム・撮影:2018年4月29日

この豪雨で壊れた1号砂防ダムを見ていただきたい。底抜けしているから魚道もグシャグシャだ。ダムの下流は河床が下がる。この1号砂防ダムから下流全域も例外なく河床が下がっていた。増水は川岸を砂山崩しのように容易に崩壊し、川幅を広げ被災を大きくする。ダムの下流で起こる河床低下が崩壊を誘引し土砂災害を起こす。それでも尚、堤長200mクラスの大規模なダムを新たに建設するという乱暴なやり方だ。

底抜けした1号砂防ダム・ダム直下から砂利不足になるので、当然の帰結なのだ。しかし、また新たに砂防ダムを建設…自作自演の河川事業だ。撮影:2018年4月29日
底抜けした1号砂防ダムのすぐ直下に堤長200mクラスの巨大な砂防ダムを新設。撮影:2018年4月29日

ドローンで見る「ダム下流では何が起きているのか?」

ダム直下から川底が下がる。そこへ増水が押し寄せれば、「砂山くずし」状態でバタバタと川岸が崩れ、山が崩れるのが道理なのだ。その結果、川幅が2倍、3倍に広がるわけだ。撮影2018年4月29日

山が大規模に崩壊して川幅が異常に広がっていることが判る。この下流には堤長278mの巨大な2号砂防ダムまであり、この堆砂は上流へ向かって広い平らな面をつくっている。その平らな面を水が流れ、溝筋が蛇行して左右の岸を崩壊させ、山崩れを発生させている。崩壊する前の川の状態はGoogle Earthで見ることができる。川筋は鬱蒼とした樹林に覆われて見えない。ダムがなければ、増水しても樹林の中に水が入り込むだけで、川岸や山を崩壊させたりするようなことは無い。2号砂防ダムの堆砂域では川岸の樹林が川岸もろともごっそりと崩れていることが分かる。

では、「ダム上流では何が起きているのか?」

ダムが溜めている堆砂域を見ていただきたい。ダムは砂で埋まり、V字谷が広く平らな面になっている。その上を洪水が流れ、澪筋が暴れて、崩壊させていることがお分かりだろう。

底抜けした1号砂防ダムの上流は堆砂で平になっている。平らな面を水は蛇行して流れる。この蛇行の流れが川岸を浸食し、山の斜面を崩壊させる。つまり、ダムが河岸を崩壊させ山崩れを誘引していることが読み取れる。撮影:2018年4月29日
ペケレベツ川2号砂防ダムの堆砂域。V字谷だったところがだだっ広い平らな面になっている。その上を澪筋が蛇行して流れている。両岸は崩壊している。

つまり砂防ダムは、ダム下流でもダム上流でも両岸を浸蝕し、山をも崩壊させる。「砂防」という名を付けられていても、実は土砂・流木災害を生み出す危険な構造物なのである。「百害あって一利無し」の災害誘発構造物(災害製造機)といったところだ。

 

須築川砂防ダムの段階的スリット検証②

せたな町の須築川砂防ダムのスリット化は段階的に行われている。昨年は第一段階として、高さ9mの堤体に間口3m×深さ3.5mのスリットがあけられた。そして、2018年2月に第二段階として、1mを切り下げるという。

須築川は北海道指定の「サクラマス保護河川(禁漁河川)」である。スリット化が終わるまではサクラマスは砂防ダムの上流に上ることは出来ない。サクラマスのライフサイクルは3~4年だ。サクラマス資源の復活を目的にしたスリット化工事に、3年以上かかれば、資源は枯渇することになる。当会は、2018年1月31日に宮崎司代表と河川管理者である渡島総合振興局函館建設管理部今金出張所へ赴き、サクラマス資源復活のため、スリット切り下げ量の増加と3年以内の完成を目指すように申し入れを行った。

第二段階のスリット化工事が終わり、2月16日に現地を視察した。申し入れが聴許されたのだろうか、切り下げ量は1.7mになっており、合計5.2mまで切り下げられた。これで全スリットまで残り3.8mだ。今年度中に切り下げが完了すれば、資源の復活が期待できそうである。

須築川砂防ダムスリット化工事現場の入口看板。漁業資源である「魚が遡上出来るようにしています」と掲げられている。撮影:2018年2月16日
工事関係者から説明を受ける当会代表宮崎司。撮影:2018年2月16日
堤体は3,5m切り下げ後、更に1,7m切り下げられた。撮影:2018年2月16日
スリット化で切り取られたコンクリート塊。撮影:2018年2月16日
これが堤体のコンクリートを切るワイヤーソーだ。太さ2cmほどのワイヤーに小さなダイヤモンド粒子を埋め込んだ鉄のリングがたくさん付いている。このワイヤーを堤体に穿った穴に通し、機械でぐるぐると回し引きしてコンクリートを切る。撮影:2018年2月16日
トラックに乗せられていたワイヤーソーを引き回す機械。意外に小型で簡単な構造をした機械だ。撮影:2018年2月16日

2月18日には、せたな町の漁師と「せたな町の豊かな海と川を取り戻す会」の人たちの現地視察に同行し、スリット切り口を確認。須築川砂防ダムは重力式ダムで、コンクリートの塊である堤体の断面は台形型。下にいくほど厚みが増し、今回切り下げた下端のコンクリートの厚みは5mある。

2018年2月18日、ひやま漁協と「せたな町の豊かな海と川を取り戻す会」が現地視察。撮影:2018年2月18日
切り下げられた堤体を視察する、早期のスリット化を願っていた漁師たち。足下の堤体の厚みは5mある。撮影:2018年2月18日

ダム堤体をドローンで上空から撮影した。工事の際に切り替えた水の流れはそのままであることが分かる。

間口3m、深さ3.5m+1.7m=5.2mまでのスリット。サクラマスのライフサイクルを考えれば、今年度に一気に下まで切り下げることを切に願う。撮影:2018年2月24日
堤体の堆砂側から望む。上方が下流側である。工事のために川水の流れが切り替えされている。撮影:2018年2月24日
本来は急峻なV字地形を流れる須築川。砂防ダムは流れて来る砂利を止めてしまう。そのため、砂利は上流へと膨大に溜まり、広い河原が形成される。

流れて来る砂利を止める砂防ダムは、ダムの容積以上に、上流に向かって砂利を溜め続ける。その為、本来は存在しない広い河原が形成される。こうしたダムが止める砂利の量は、計画時のダムの容積で判断することは出来ないことがお分かりいただけるだろう。

漁師は見てきた。「砂防ダムがなかった時代、毎年、須築川は真っ黒に染まるほどサクラマスが上った」。太古から長い年月を経て水と砂利の流れがバランスよく安定した川であった証拠だ。砂防ダムが建設された後、サクラマスは激減した。サクラマスの産卵できる川の仕組みを壊してしまったからだ。漁師が願うサクラマス資源の回復は、砂利が下流へと流れ下るようにしなければ見込めない。一刻も早い全スリット化の実現に誰もが期待している。