事業主体者・北海道渡島総合振興局函館建設管理部による「厚沢部川水系広域河川改修事業」総事業費・国費200億円(道費90億円)は、現在、次々に不具合が生じて、新たなる工事を追加しなければならなくなる「工事のための工事」が見て取れる。公共事業を再評価した専門家たちの追認作業によって事業費は、224億7千万円(道費101億1千1百万円)に膨らんだ。
上流からの水は本川にゆっくりと集まる。支流ごとに流れる水の時間差があるからだ。ところが、この厚沢部川改修工事は先ず上流域の各支流の川幅を拡幅したのである。その結果、短時間に大量に本川に一気に水が集まるようになった。本川の下流域では、水位が上昇して堤防から越流する危険性が高まったのである。そこで、河畔林を伐り払い、河原や川岸を掘削して下流域一帯の川幅を大規模に拡げることになった。拡幅された川の様相は一変し、恐ろしささえ感じる。厚沢部川の下流域の海抜は、ゼロに等しい。住宅が密集し水稲栽培が行われている。「川幅が大きく拡がったことで、川を遡ってくる津波は強大なものとなり甚大な被害を被るのではないか」と、住民の不安の声を聞く。
1993年7月12日、奥尻島付近を震源とする北海道南西沖地震で津波が発生し、日本海側の集落が大きな被害を受けた。また、7年前の東日本大震災では津波が川を上流へと遡り、海から遠く離れた上流で堤防から水が溢れ出し家屋を飲み込み、多くの犠牲者を出した。川を遡る「川津波の怖さ」は、2018年3月4日「NHKスペシャル・”川津波”~震災7年 知られざる脅威~」で取りあげられ、その危険性を明らかにしている。
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586023/index.html
2012年10月4日に行われた説明会で、「こんなに川幅を広げて直線化したら、津波が一気に川を遡る。海域に近い厚沢部町市街地は、大丈夫なのか?」と質問すると、厚沢部町副町長は、机をドンと叩いて、「そんなことは、河川工事が終わってからの話で、今そんなことを言ってもらっては困る!」と烈火の如く激怒したのである。
こうした河道拡幅はインフラにも影響を与える。市街地に架かる松園橋も例外ではない。「松園橋上流一帯の河畔林を皆伐して川岸を掘削し、河道を拡幅すれば、松園橋が崩壊する危険がある。何れ補強しなければならなくなる」と指摘すると、副町長と地区長はガハハハッと笑って踏ん反り返ってこう言った。「そんなこと絶対あり得ないから、ほっといてくれ」
その後、松園橋の上流側の河畔林は皆伐された。そして、川岸を掘削して川幅を拡げるに従い、左岸の浸食が急速に進んだ。松園橋の左岸の高水敷にあった道路は崩壊して無くなり、その崩壊は橋台に迫っていったのである。
URL:http://protectingecology.org/information-2/assabugawa
そして、2018年3月22日の厚沢部川取材で目にしたのは、副町長たちが「あり得ない」と言っていた松園橋の左岸の取り付け部(橋台)を保護するための護岸工事が遂に行われていたことである。
事業そのものが引き起こす被害が発生するようになり、それがまた、新たな工事を創出している。国費200億円を使い切って、尚も事業費を膨らませる。この河川改修の在り方は、次の工事を生み出すための布石に見えてくる。まるで打ち出の小槌だ。なるほど、だから副町長たちは、危険性の指摘に「津波の話は今するな」、「橋が壊れるわけがない、ほっといてくれ」と言ったのか。
厚沢部川の豊かな餌資源や河畔林をよりどころに野鳥が集う。オジロワシ、ヤマセミ、シマアオジたち……厚沢部川の尺アユ、水産業を支えるサケやサクラマス、風物詩ともいえるカーバイトの明かりで川面が光る夏の夜のカワヤツメ漁やモクズガニ獲り……故郷を愛しんできた住民の楽しみは、北海道が誇れる生き物たちと共に、厚沢部川から消えてしまった。