土砂で埋まった二風谷ダム。

2018年7月4日に二風谷ダムは大雨に備えて、水位を下げるためにダム底のオリフィスゲート7門のうち5門から放流操作がされた。通称「土砂吐きゲート」と呼ばれ、深黒の泥そのものが吐き出されていた。湛水域の水位が下がったので土砂で埋まった二風谷ダムの全容が見えた。

撮影:2018年7月4日
堤体の直近まで土砂で埋まっているのが分かる。撮影:2018年7月4日
堤体の直近まで土砂で埋まっている。撮影:2018年7月4日
流木止工のロープも土砂の上に乗っかっているような状態だ。泥に埋まった流木が水面から出ている。撮影:2018年7月4日
オリフィスゲート7門のうち5門から土砂が放流されていた。撮影:2018年7月4日
清流?あり得ない放流水の色である。撮影:2018年7月4日

「二風谷ダム定期報告書概要版・平成27年3月」の二風谷ダムの仕様図から土砂の堆積状態を照合した。

 

露出した土砂のレベルは、凡そ41.0mの位置と分かる。このレベルを二風谷ダムの仕様図に当てはめて見ると…、

水面から露出した土砂の位置は、オリフィスゲート放流口の上端の5mほど上に位置していることが分かる。ということは、オリフィスゲートはすっかり泥に埋まっているのだ。泥に埋まった放流口から放流しているのだから、出てくるのは泥ばかりという訳だ。つまり、二風谷ダムは土砂で埋まっており、オリフィスゲートの放流口付近だけが土砂に埋もれた中で溝のようになっていると推測される。下記のサイトにも二風谷ダムの状況が報告されているので参考にしてください。

URL:https://www.hkd.mlit.go.jp/ky/kn/kawa_kei/ud49g700000088o0.html

土砂で埋もれた放流口から、ダムの堆砂を定期的に吐き出しているのだから、膨大な土砂が日常的に下流へと放出されている訳だ。こんな状況では、二風谷ダムの下流域で産卵するサケやシシャモ資源が枯れるのは当然である。魚類学者や生物多様性保全戦略にかかわる委員会や行政、また、水産行政は水産資源を失うばかりのこの状況をどう判断しているのだろうか。地元漁協は補償金を得ているので声を上げられないのかも知れないが、水産資源を失っては元も子もない。損害額は毎年毎年増えて補償金を遙かに超える損害とともに、取り返しがつかない禍根を残すことになる。

清流・沙流川だったころを思い出してほしい。そして、現状を直視して記憶にある清流・沙流川と比較してほしい。二風谷ダムが冒しているこの現状に黙っていないで声を上げることが必要だ。

上記のサイトでは二風谷ダムの堆砂量(貯め込んだ土砂)は大きく増えていないという。頭打ちで、増加傾向は見られていないというが、下の写真を見ていただきたい。二風谷ダムの流入部にある管理橋とその真下にある貯砂ダムだ。貯砂ダムには階段状の魚道が付属しているが、流れてきた土砂で上流側も下流側もほぼ埋まってしまい、現在は魚道は砂利の中にある。これでも二風谷ダムの堆砂量は増えていないというのだから、不思議なことである。

二風谷ダムの流入部では沙流川・額平川共に上流へ上流へと土砂が貯まり続けている。この土砂量は二風谷ダムの堆砂量に加算されないのは何故? 撮影:2018年5月21日

二風谷ダムは堆砂容量の範囲を超え、貯砂ダムも埋まり、さらに上流へ、上流へと土砂を堆積し、貯め込み続け、V字谷を埋めて河床を押し上げ平にならしている。このように上流へ上流へと堆積していく土砂量は二風谷ダムの堆砂エリアから外れているとでもいうのだろうか?明らかに二風谷ダムの影響で上流へと堆積しているのだから、これを二風谷ダムの堆砂量に含めて然るべきである。

膨大な土砂を貯め続ける二風谷ダムの現場がそこにありながら、現場の実態と乖離した、責任逃れの自己正当化した報告書でしかない。

 

 

岩知志ダムの直下で大規模な崖崩れが起きている。

日高地方、沙流川の上流にある岩知志ダムは、堆砂率全国ワースト5位にランクインされた土砂で埋まったダムである。国土交通省のHPには読み取り不明瞭なグラフと公表年度が不明で公開されている。

URL:http://www.mlit.go.jp/river/dam/main/dam/ref16/ref-p3.html

その岩知志ダムで、ダム堤体の直下、左岸の岩盤が道路もろともに大規模に崩壊した。ダムによって川底が掘り下がっているところに2016年8月31日の豪雨が起因したと思われる。以下に、崩壊前と後の写真をスライドで比較している。また、崩壊前の道路が写ったGoogle Earthの衛星写真に、崩壊した範囲を図示。その規模が分かる。

岩知志ダム直下、左岸の岩盤が道路もろともに崩壊している。撮影:2018年5月21日
崩れ落ちた道路は、より内側の草地に新設された。崩落下流の直下には国道237号線の橋が架かっている。撮影:2018年5月21日
撮影:2018年7月4日
ダム真上にあった道路は、ちぎれるように崩落。電柱も電波塔も崩れ落ちた。撮影:2018年7月4日
道路と共に崩落した電柱が斜面に横たわる。撮影:2017年8月4日
岩盤面は無数の亀裂がみられ、水が浸透している。何れ崩落面は剥離するだろう。撮影:2017年8月7日

崩壊した岩盤には無数の亀裂が見られ、水が浸透している。やがては剥がれ落ち、更に崩落は進むだろう。

岩知志ダム上流は、土砂で溜まり深いV字谷は埋まっている。左側の支流から流れ込む砂利が水面から出て見えるのは、堤体まで土砂で埋まっている証である。岩知志ダムが止めている膨大な土砂はさらに上流へ、上流へと今もなお溜め込み続けている。この状態で、岩知志ダムが崩壊すれば、膨大な土砂は一気に下流へと放出されてしまうだろう。

撮影:2018年7月4日
撮影:2018年7月4日
撮影:2018年7月4日

危険はないのか…?北海道電力広報部に聞いた。「影響は無い。崩壊地については河川管理者が見守っている」との回答だ。その河川管理者である室蘭開発建設部に問い合わせているが、今だ返事はない。

取材中、崩壊した道路を利用していた住民が「どうなるんだろうねぇ…」と不安を語っていた。ダム下流で暮らす人たちは、この予測できる危険な事実を知っているのだろうか。

 

沙流川の今。2016年7月29日

清流であった沙流川のアイヌの聖地を水没させた違法ダム「二風谷ダム」。ダムは満杯に泥で埋まっている。国の膨大な予算を使って計画された当時の役割を、完全に失っているダムである。

雨が降る度に、沙流川は泥水が流れ、今なおダムは泥を溜め続けている。

二風谷ダム流れ込みには貯砂ダムがあり、橋が架かっている。その橋の上から上流を見た。左が沙流川本流、右が支流の額平川である。額平川は平取ダムが建設中である。
二風谷ダム流れ込みには貯砂ダムがあり、橋が架かっている。その橋の上から上流を見る。左が沙流川本流、右が支流の額平川。額平川の上流では平取ダムが建設中である。
貯砂ダム(堰)を越えて流れ込むひどい泥水
貯砂ダム(堰)を越えて、二風谷ダムに流れ込む酷い泥水。
貯砂ダムを越えて二風谷ダムに流れ込むひどい泥水
貯砂ダムを越えて二風谷ダムに流れ込む酷い泥水。

二風谷ダムは膨大な泥を溜め込んで埋まっている。繁茂したヤナギが陸地化していることを教えてくれている。

ほどんと泥で埋まった二風谷ダムの淡水域。ヤナギが繁茂しているのは浅くなっている証拠だ。巨大なダムなのに、あり得ない光景なのである。もはや、治水能力を失ったダムなのだ。
泥で埋まった二風谷ダムの淡水域。ヤナギが繁茂しているのは浅くなっている証拠。巨大なダムなのだが、あり得ない異常な光景である。もはや、治水能力を失ったダムなのだ。

こうして溜まった泥は、極々微細な為に、濁りはなかなか治まらない。ダムの下流域から河口まで泥を被せ、沿岸域まで埋め尽くしている。

清流・沙流川は、鵡川と並んでシシャモの繁殖河川である。この状況で繁殖が出来る筈もない。昨年、かつてないほどの不漁だったという。年々減少し、さらに資源が危機的な状況になっている原因は、この泥水にあり、その泥水を生み出しているのがダムである。専門家たちが、それに全く触れないのは何故なのか、不思議でならない。

そして、支流の額平川には、新たに「平取ダム」が建設中である。

額平川の支流宿主別川の橋の上から平取ダム建設現場を見る。正面の山が神聖な山「チノミシリ」である。
現在、建設中の平取ダムの上流。(額平川の支流・宿主別川の橋上から平取ダム建設現場を見る)正面の山が、神聖な山「チノミシリ」である。そして、この豊かな流域一帯は、水没する運命を辿る。

平取ダム建設中の額平川も、そこへ合流する宿主別川もご覧のように酷い泥水となっている。これでは、清流・沙流川は更に酷い泥川にされてしまう。沙流川からシシャモの姿が消えるカウントダウンが始まった。

正面の山はアイヌの祈りの場といわれる神聖な山「チノミシリ」である。チノミシリに「穴を穿ち、ダム堤体を取り付け、麓を水没させる」平取ダム。

チノミシリの神の胸は、剥がされて杭を打たれた。
チノミシリの神の胸は、剥がされて杭を打たれた。
神が宿る山、チノミシリに群がる魔の手。
神が宿る山、チノミシリに群がる魔の手。現代人の英知の手?
ダム建設でチノミシリに穴を穿つ代替として、アイヌに贈られた神聖?な看板。
ダム建設でチノミシリに穴を穿つ代替として、祈りの象徴の替わりとして、アイヌに贈られた神聖?な看板。
神聖な山「チノミシリ」が崩れていた。平取ダムが完成すれば、さらに山は崩れることだろう。
神聖な山「チノミシリ」が崩れていく。平取ダムが完成すれば、貯水水域が山裾を浸食し、山は崩れ続け、ダムは瞬く間に土砂で埋まる。埋まれば、また上流にダムを造るとでも?負の連鎖は止まらない。

額平川、宿主別川の酷い泥水は、降雨の度に土砂や流木が後を絶たずして沙流川へと流れ下っている。確かに 平取ダムが完成すれば、その土砂・流木をダムが溜め込む。しかし、それは、瞬く間に膨大な量となり、土砂で埋まり、流木が押し寄せ、雨が降らずとも常に下流域一帯を泥川にさせてしまう。そして、大型台風で起こった大災害を招きかねない。あの二風谷ダムと同じように。

泥流と共に放流口に押し寄せた夥しい量の流木で、放水量が絞られ、二風谷ダムは決壊の危機に直面していたのだろう。これだけの流木が押し寄せれば、放流量を知ることも、ゲート操作も不能の状況にあったのだろう。撮影:2003年8月11日
二風谷ダム。泥流と共に、放流口に押し寄せた夥しい量の流木。放水量が絞られて、湛水域の水位が上昇し、二風谷ダムは決壊の危機に直面した。これだけの流木が押し寄せれば、放水量を知ることは出来ず、放水のゲート操作も不能となることを知る。撮影:2003年8月11日。

ダム下流に平取水位観測所があり、この時の水位は放水量に見合う水位よりも低い値を示していたのだ。驚いたことに、その後、北海道開発局は「計算式が間違っていた」として計算式を変更したのである。そして、二風谷ダムを護るために、下流の住宅は水没したままにされていたのだ。ダムは百害あって一利無し。映像をご覧ください。

二風谷ダムから放流し、水位が上昇しているのに、水門が開け放たれていた。逆流して民家は飲み込まれ、大量の泥を被る甚大な被害を受けた。撮影:2003年8月11日
二風谷ダムは、放水し水位が上昇しているのに、水門が開け放たれていた。放流水は水門から逆流して民家は飲み込まれ、大量の泥を被る甚大な被害を受けた。生命財産を護る筈のダムが、ダムを護る目的の放水を行い、下流の住宅が洪水に飲み込まれ、生命、財産の危機に陥り、住民は逃げ惑うことになったのである。撮影:2003年8月11日。
建設中の平取ダム付近にも大量の土砂が押し寄せ、重機を泥で埋めた。重機を埋めるほどの土砂の量は尋常ではない。撮影:2003年8月12日
現在、建設中の平取ダム付近にも大量の土砂が押し寄せ、重機を泥で埋めた。重機を埋めるほどの土砂の量は尋常ではない。降雨の度に、今でも膨大な土砂が流れてきている。撮影:2003年8月12日。

国土交通省及び北海道開発局(室蘭開発建設部)は、完成後、たった5年で満砂になった二風谷ダムに、これ以上、泥を溜め込まさない為に、上流で平取ダムの建設を進めている。しかし、ダムが完成した後の巨大ダムが引き起こす泥と流木の発生メカニズムは把握しているのだろうか?二風谷ダムの教訓は活かされているのだろうか?

そして、何よりアイヌ民族の暮らし、文化、沙流川流域で暮らす人、シシャモ漁師、次代への自然、資源を支えてきた清流・沙流川の「過去」も、「現在」も、「未来」も、失うことになる。平取ダムが抱えている事の重大さを、冷静に、真摯に現場に向き合い、今一度、振り返って考えていただきたい。