昨年、2016年8月30日から31日にかけて北海道を襲った台風10号がもたらせた豪雨による洪水被害は土砂・流木が流れ出し、甚大な被害を発生させた。新聞・テレビは時々刻々と洪水被害を報道し、専門家たちは山間部に近いところほど被害が大きく、大量の流木・土砂の発生の原因は、山間部の治水対策が不足していると指摘していた。私たちは、流域の自然を知るために、できる限り多くの河川を取材しているが、どの現場でも見えてくることは、「ダムの影響で、河床低下を起こす事よって崩壊を誘発し、災害規模を大きくさせているのではないか」と、思うばかりである。
被害が大きかった河川は、その後、どうなったか?何故、どのようにして災害は起きたのか?2017年5月20から22日に、新得町(パンケシントク川)・清水町(ペケレベツ川)・大樹町(ヌビナイ川)、及び日高町の千呂露川を取材した。
1.新得町のパンケシントク川では、市街地に大量の土砂・流木が流れ込み、橋の取り付け部が崩壊して車が転落するなどの悲惨な被害が発生した。この土砂・流木は一体どこから来たのか?調べるために上流を取材した。それは、一つの落差工によって酷い河床低下が起きているために崩壊した河岸から始まっていることがわかった。
崩壊した川岸から大量の土砂が発生し、川岸の立木が大量に流れ出したことを示唆する。これらの土砂・流木が市街地に押し寄せたことが推測できる。
2.清水町のペケレベツ川でも同様に大量の土砂・流木が市街地に流れ込み、住宅が流されたり、橋の取り付け部が流され、車が転落する悲惨な被害が発生した。土砂・流木はいったいどこから来たのか?調べるために川を辿った。ここでも極端な河岸崩壊が、落差工から始まっていることが分かった。
市街地のすぐ上流にはたくさんの落差工がある。落差工毎に、崩壊している河岸は土砂流木を産出しながら、まとまって強烈な力で流れ下ったことが推測される。更に最上流には大規模な砂防ダムがある。
3.大樹町を流れる日本一の清流「歴舟川」。その支流のヌビナイ川では大量の土砂・流木が流れ出し、橋の取り付け部が崩壊して車が転落した。被災した住民に話を聞くと、「発電用の古いダムが崩壊し、土砂と流木が押し寄せ、我が家も浸水するのではないかと危険を感じた」と言っていた。
4.沙流川支流の千呂露川では、上流の1号砂防ダムの堆砂域で、林道が崩壊し、通行不能となっていた。
砂防ダムが満砂になると、堆砂面は平になってその上を流路が変動する。やがて水は山裾にぶつかり、山脚崩壊を起こす。この千呂露川1号砂防ダムで発生した林道崩壊もその顛末である。驚くことに、河川管理者はこのダム堆砂域に堤防を造っていた。
土石流・土砂災害防止を目的とされる「砂防ダム」。
流速を弱めて水流による河床浸食や河岸浸食を防止する「落差工(低ダム)」。
川沿いの山崩れ防止を目的に建設される「治山ダム」。
これらのダムが治水対策を目的に殆どの河川に建設されている。「えっ!こんな場所にも必要なの…?!」と驚くほど多くの場所に建設されているダムだが、それでも専門家たちは治水対策が不足していると言う。原因は不都合な真実として、おざなりである。
ダムは川の水の流れ、つまり、流速を小さくさせるため、➡川本来の砂利の運搬の仕組みを根底から変えてしまう為、➡ダム下流へ必要な砂利が供給されなくなる。➡その結果、ダムの下流域ではどんどん河床が低下していく。➡河床が低下すれば、川岸との落差が開き、増水時には「砂山くずし」のように川岸の基礎が浸食され、➡川岸は立木もろとも崩落して大量の土砂・流木が下流へと流れ出す。
確かに、河床が低ければ増水時の水位が低く押さえ込める。だが、その反動として、こうした大規模な災害の原因となる川岸を崩壊させているのだ。パンケシントク川、ペケレベツ川のいずれも、河岸崩壊を起こした起点である川岸には、水が溢れ出した痕跡は認められなかった。即ち、川岸が崩壊したのは基礎が浸食されたことで起きたことが読み取れる。その結果、下流域の市街地では、河床が上昇して水が溢れ出したことが分かる。そして、河岸崩落で流出した大量の土砂や流木は、家屋や畑をなぎ倒し押し潰す悲惨な被害を拡大させたと見られる。また、ダムが満砂になると、ダム上流は河床が上昇し、広大な平地となる。川水は山の斜面に水流を当てるようになる為、浸食作用によって山は崩壊していく。このメカニズムは、千呂露川1号砂防ダムでも如実に現れている。
管理者の「ダムのおかげで、この程度の災害で済んだ」という常套句は、もはや通じない時期に来ている。近年、頻繁に起きる河川の荒廃は、「ダムの本当の作用」が今になって現れているからではないか。専門家たちが治水対策が不足しているから災害が大きいと指摘しているのは、単なる事業の創出である。被災した人々も、そうしたことに気が付くほど、治水行政は遅れている。